これは個人的な考えで、もしかしたら、

読む人によっては反論あるかもしれないけど、

そんなときはスルーしてもらえたらありがたいです。

 

 

今までの経験上、人生で起こるあらゆることに

何らかの意味があると思っている。

 

必ずしもその場でその“意味”が分かるわけでもなく

後々になって気づけるのかもしれないし、

単に現状の科学の理解の範疇では説明がつかないだけで

その後に理論的に説明できる日がくるだけのことなのかもしれない。 

 

だから日常では混乱する出来事がたくさんあるし、

一喜一憂で感情が揺さぶられることが日常茶飯事であるのだと思う。

 

 

 

もしかしたら、約三年半前にあったある出来事も今となったら意味があると言える。 

 

 

さらにその半年ぐらい前から変調は目に見えていて、帰省のときに

「あれ? 夏バテ? なんか瘦せてない?」

「なんだか食欲がなくて。」

なんてやり取りをしたのを覚えている。

 

 

結局、その後間もなく、かつての病気の取り残しが

とある部位に転移していたことが発覚し、

家族の雰囲気をガラリと変えてしまうことになる。 

 

 

その次にゆっくり時間が取れたのは年末年始ということもあって、

帰省の間中、母の横にいては、むくんだ脚をマッサージしたり、

かろうじて喉を通るものを口に込んだりしながら

「なぜこんな目に遭わないといけないのだろうか・・・」

ということをひたすら考えていた。

 

 

今思えば、その帰省中は、それまでの人生では考えられないくらいに、

身体を触れ合い、感謝の言葉を掛け合い、同じ家族であることを喜んだ。

 

結局、そんな数日後には他界してしまったわけで、

文字通り大きな喪失感がしばらく残った。

 

 

癌という病気がなぜ母親を蝕んだのかは未だにわからないけど、

一方で、癌だったからこそ “残された時間”の予想ができたし、

その時間をどう過ごすかを考えまくることができた、と思っている。

もし、これが交通事故だったら、お互いの想いを伝えることもなく

別れることになっていただろう。

 

 

結論、もし、この病気に存在の意味があるとすれば、

“残された時間”がはっきりすることから、

その時間にいろんなやり残したことを清算できるということ。

家族がいれば、否が応でもその関係を改善する機会になるということ。

 

 

日々のなかで当たり前だと思っていることが、

実はそうではなくなる時というのは思わぬところからやってくるわけで、

後でバタバタすることないように大切に今を生きないといけないのだろう、

なんてことを久しぶりに考えた。


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# by yondarikaitari | 2017-06-27 00:59 | とりとめのないこと | Comments(0)

判断基準は明確に

今日は、朝から救急救命の講習のために
市内の消防施設へ。 


消防団に入っていると、こうした講習への
誘いがかかることがある。
 
消防団員だから、と考えてしまったら
つまらないものになってしまうが、
いざという時のために知識を持っている
ということに越したことはない。
そんなことで講習を受けることになった。

 
内容の主なところは、心拍停止のような
緊急時に施す救命活動がいかに大切であるか、
ということとその具体的な方法の習得だ。
 
特に、実技として練習を行ったのが、
人形を相手にした心肺蘇生とAEDの使用だった。
 
やはり、DVDを観たり、座学を受けるのと
実際にやってみるのとでは全然違う。
やってみることによって初めて、大変さが
分かるし、理解ができることもある。
 
そして、理解が進めば進むほど、同時に
現れるのは、“疑問”。


受講者からは、徐々に
「もし、○○なシチュエーションだったらどうする?」
「もし、△△な場合の判断はどうするべき?」
といった質問が講師の救急隊員に投げかけられる。
 
もちろん、投げかけられた質問に対しては答えられる
範囲で答えてくれるわけだが、説明の中で何度もでてきた
言葉は・・・
「判断の基準は、最終的に助けるべき目の前の人の命と
比べてどちらを優先するか?」
ということだった。
 
言い換えると、『命よりも優先するべきものはない』
ということ。

よくよく考えると、人の生き死にがかかった現場は
緊張感もあるだろうし、判断力、胆力が問われるのは
間違いないが、判断の基準は驚く程に明確なのかも
しれない。
もちろん、ケースバイケースで経験がなければ判断
できない場面は多々あるだろうが、最優先事項が
あるかないかというのは大きい。
 

現在の自分の働き方を考えれば、そんな緊張した
場面に出くわすことはまずないわけだけど、
逆を言えば、一つひとつの判断の基準は示しにくい。
目の前ですぐに結果が出ないことに対して判断を
することがほとんどなのかもしれない。
 
なまじ目の前で人の生き死にが決まる場面はないけども、
自分の中で明確な判断基準を携えておかないと、
じわりじわりと取り返しのつかないことになるのが
今の働き方なのかもしれない、そんなことを思う。
 

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# by yondarikaitari | 2017-02-19 23:04 | 日記 | Comments(0)

同じ日本語を学ぶにも、日本人として生まれて
『国語教育』を受けるのと、日本語以外の母国語を
もつ人が日本語を学ぶ『日本語教育』とでは全く
といっていいほど別物らしい。
 
よくよく考えればそれは当たり前の話なのかもしれないが、
最近、そんな背景を踏まえつつ日本語教育のいろはを
学びつつある。
 
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日本語以外の言語を使う人に対してどのようにして
日本語を教えるか。。。


そもそも、日本語を母国語としない外国人が日本語を
学ぶ理由とはなんだろうか・・・?
 

今日、先輩ボランティアから日本語教育に関する
指導を受けていた時に気になる言葉をもらう。

 
かつては、外国人が日本で日本語を勉強するというのは
留学の場合が大多数であり、文法などを順序建てて学んだ
のだという。
 
でも、最近では、日本で労働の機会を得るため、日本人と
結婚して一緒に生活をするため・・・といった理由で
日本で日本語を学ぶ人が増えているのだとか。
 
言い換えると、投資のための勉強から生活を確保するための
勉強と言っていいのかもしれない。
 
そう考えれば、成果に対する緊迫度が全然異なる。
 
テキストは重要ではあるけども、形にこだわらない、
いかにして生活を安心したものにできるか、そこに
優先順位をおいた支援の姿勢が求められるのかもしれない。


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# by yondarikaitari | 2016-12-20 23:06 | 日記 | Comments(0)

主体性の源

何をするにしても「主体性」があるかどうかで
結果に対して大きな違いが出てくると感じている。
 
その「主体性」が得られるかどうかは、本人にとって
その場に選択の余地があるのかどうか、ということが
重要になってくる。

そう、選択するという行為には主体性が不可欠。
自分の意志で選んでこそ主体的に取り組むことができる。
責任感も出てくる。

 
もし、選択の余地がなく、目の前の一つのものを
強要されてしまうと、とたんに押し付け感が出てしまい
主体性がなくなってしまう。
主体性がなければ、いざという時に愚痴が出る。。。
 


実は、先日から、活動時間の合間をみて梁瀬地域に
移り住みたいと言われるご家族のための空き家の
マッチングにチャレンジしている。

マッチングができたからといって、報酬が得られる
わけでもないが、人口減少対策を政策の大きな位置づけ
としている朝来市で活動する以上は、移住希望に対する
対応は不可欠。

たとえ
限られた条件の中であっても、なんとか二択は
用意したいと思っていたら、なんとかこの数日で2軒の
物件を引き合わせてもらい、内覧までこぎつけることができた。


空き家とはいえ、資産であることには変わりない。
家主さんの想いを尊重しつつ、移住希望のご家族の希望を
叶えていけるように考えなければならない。
 
選択に限りがある物件である以上、ロケーション、間取り、
家賃、築年数・・・完全に満足できる物件に出会うことは
現実的に難しい。
 
移住希望のご家族の希望を100%叶えることはできない
かもしれないが、そのギャップをグッと飲み込んでもらう
ためには「主体性」が不可欠。
 
「それでも、この物件を選ぶのだ。」

そう言ってもらえる、「主体性」の上に立つ結論に導いていきたい。



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# by yondarikaitari | 2016-12-19 23:19 | とりとめのないこと | Comments(0)

疲れているときは、新たな本を読むより、
既読の本を再読するのは気楽で、
すっと頭に入ってくる。
 
本日の再読本。
『「言葉」があなたの人生を決める』苫米地 英人 著
 
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いろいろと新しいことをしているとどうしてもつまづく。
そして、気分的にも停滞気味になったりする。
 
 
「どうせ、こんなことやったって・・・」
「あのときも無理だったし・・・」

こんな言葉がチラつきそうなときにはこの本に限る。
 

漠然としたものでもいい、『人生のゴール』を設定すること、
そのゴールを達成した状態の「情動」を伴う「イメージ」を持ち、
それにふさわしい「言葉」を自分自身に投げかけ続ける。
 
そうすることによって、ありたい姿の自分自身にとって快適な
行動が自動的に促されるというもの。
 

人生で成功をしようと思えば人一倍の努力が必要、というのは
よく言われる。

ところが、この本では、ゴールを強くイメージすれば自発的
に環境も自分も変わっていく、ということを伝えている。
 

ちょっとした視点の切り替えにはもってこいの一冊!!
たまにこういった本を読むのは本当におススメ。
 
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# by yondarikaitari | 2016-11-09 23:06 | 読書 | Comments(0)