判断基準は明確に

今日は、朝から救急救命の講習のために
市内の消防施設へ。 


消防団に入っていると、こうした講習への
誘いがかかることがある。
 
消防団員だから、と考えてしまったら
つまらないものになってしまうが、
いざという時のために知識を持っている
ということに越したことはない。
そんなことで講習を受けることになった。

 
内容の主なところは、心拍停止のような
緊急時に施す救命活動がいかに大切であるか、
ということとその具体的な方法の習得だ。
 
特に、実技として練習を行ったのが、
人形を相手にした心肺蘇生とAEDの使用だった。
 
やはり、DVDを観たり、座学を受けるのと
実際にやってみるのとでは全然違う。
やってみることによって初めて、大変さが
分かるし、理解ができることもある。
 
そして、理解が進めば進むほど、同時に
現れるのは、“疑問”。


受講者からは、徐々に
「もし、○○なシチュエーションだったらどうする?」
「もし、△△な場合の判断はどうするべき?」
といった質問が講師の救急隊員に投げかけられる。
 
もちろん、投げかけられた質問に対しては答えられる
範囲で答えてくれるわけだが、説明の中で何度もでてきた
言葉は・・・
「判断の基準は、最終的に助けるべき目の前の人の命と
比べてどちらを優先するか?」
ということだった。
 
言い換えると、『命よりも優先するべきものはない』
ということ。

よくよく考えると、人の生き死にがかかった現場は
緊張感もあるだろうし、判断力、胆力が問われるのは
間違いないが、判断の基準は驚く程に明確なのかも
しれない。
もちろん、ケースバイケースで経験がなければ判断
できない場面は多々あるだろうが、最優先事項が
あるかないかというのは大きい。
 

現在の自分の働き方を考えれば、そんな緊張した
場面に出くわすことはまずないわけだけど、
逆を言えば、一つひとつの判断の基準は示しにくい。
目の前ですぐに結果が出ないことに対して判断を
することがほとんどなのかもしれない。
 
なまじ目の前で人の生き死にが決まる場面はないけども、
自分の中で明確な判断基準を携えておかないと、
じわりじわりと取り返しのつかないことになるのが
今の働き方なのかもしれない、そんなことを思う。
 

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# by yondarikaitari | 2017-02-19 23:04 | 日記 | Comments(0)

同じ日本語を学ぶにも、日本人として生まれて
『国語教育』を受けるのと、日本語以外の母国語を
もつ人が日本語を学ぶ『日本語教育』とでは全く
といっていいほど別物らしい。
 
よくよく考えればそれは当たり前の話なのかもしれないが、
最近、そんな背景を踏まえつつ日本語教育のいろはを
学びつつある。
 
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日本語以外の言語を使う人に対してどのようにして
日本語を教えるか。。。


そもそも、日本語を母国語としない外国人が日本語を
学ぶ理由とはなんだろうか・・・?
 

今日、先輩ボランティアから日本語教育に関する
指導を受けていた時に気になる言葉をもらう。

 
かつては、外国人が日本で日本語を勉強するというのは
留学の場合が大多数であり、文法などを順序建てて学んだ
のだという。
 
でも、最近では、日本で労働の機会を得るため、日本人と
結婚して一緒に生活をするため・・・といった理由で
日本で日本語を学ぶ人が増えているのだとか。
 
言い換えると、投資のための勉強から生活を確保するための
勉強と言っていいのかもしれない。
 
そう考えれば、成果に対する緊迫度が全然異なる。
 
テキストは重要ではあるけども、形にこだわらない、
いかにして生活を安心したものにできるか、そこに
優先順位をおいた支援の姿勢が求められるのかもしれない。


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# by yondarikaitari | 2016-12-20 23:06 | 日記 | Comments(0)

主体性の源

何をするにしても「主体性」があるかどうかで
結果に対して大きな違いが出てくると感じている。
 
その「主体性」が得られるかどうかは、本人にとって
その場に選択の余地があるのかどうか、ということが
重要になってくる。

そう、選択するという行為には主体性が不可欠。
自分の意志で選んでこそ主体的に取り組むことができる。
責任感も出てくる。

 
もし、選択の余地がなく、目の前の一つのものを
強要されてしまうと、とたんに押し付け感が出てしまい
主体性がなくなってしまう。
主体性がなければ、いざという時に愚痴が出る。。。
 


実は、先日から、活動時間の合間をみて梁瀬地域に
移り住みたいと言われるご家族のための空き家の
マッチングにチャレンジしている。

マッチングができたからといって、報酬が得られる
わけでもないが、人口減少対策を政策の大きな位置づけ
としている朝来市で活動する以上は、移住希望に対する
対応は不可欠。

たとえ
限られた条件の中であっても、なんとか二択は
用意したいと思っていたら、なんとかこの数日で2軒の
物件を引き合わせてもらい、内覧までこぎつけることができた。


空き家とはいえ、資産であることには変わりない。
家主さんの想いを尊重しつつ、移住希望のご家族の希望を
叶えていけるように考えなければならない。
 
選択に限りがある物件である以上、ロケーション、間取り、
家賃、築年数・・・完全に満足できる物件に出会うことは
現実的に難しい。
 
移住希望のご家族の希望を100%叶えることはできない
かもしれないが、そのギャップをグッと飲み込んでもらう
ためには「主体性」が不可欠。
 
「それでも、この物件を選ぶのだ。」

そう言ってもらえる、「主体性」の上に立つ結論に導いていきたい。



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# by yondarikaitari | 2016-12-19 23:19 | とりとめのないこと | Comments(0)

疲れているときは、新たな本を読むより、
既読の本を再読するのは気楽で、
すっと頭に入ってくる。
 
本日の再読本。
『「言葉」があなたの人生を決める』苫米地 英人 著
 
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いろいろと新しいことをしているとどうしてもつまづく。
そして、気分的にも停滞気味になったりする。
 
 
「どうせ、こんなことやったって・・・」
「あのときも無理だったし・・・」

こんな言葉がチラつきそうなときにはこの本に限る。
 

漠然としたものでもいい、『人生のゴール』を設定すること、
そのゴールを達成した状態の「情動」を伴う「イメージ」を持ち、
それにふさわしい「言葉」を自分自身に投げかけ続ける。
 
そうすることによって、ありたい姿の自分自身にとって快適な
行動が自動的に促されるというもの。
 

人生で成功をしようと思えば人一倍の努力が必要、というのは
よく言われる。

ところが、この本では、ゴールを強くイメージすれば自発的
に環境も自分も変わっていく、ということを伝えている。
 

ちょっとした視点の切り替えにはもってこいの一冊!!
たまにこういった本を読むのは本当におススメ。
 
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# by yondarikaitari | 2016-11-09 23:06 | 読書 | Comments(0)

一年半越しの会話

地域おこし協力隊となって、約一年半が過ぎている。 
 
利益を追求する会社という組織人だった時代から考えると、
ガラッと変わったような暮らし方になって一年半。
 
もちろん、変わらず未練は無いし、今の暮らしの方が
性に合っていると思っている。
 
ただ、当時いろいろ残してしまっていたことで、
「その後どうなったのかな。。。」
と気になってしまうことは数ある。
 
 
 
今朝は、その会社員時代の上司にあたる人が、会社関係の
研修で近くで宿泊していたということで、一緒に竹田城跡を
眺めに立雲峡まで登った。

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かしこまってテーブルでも挟んで話をするのは気恥ずかしいが、
山を登りながら・・・とか、景色を眺めながら・・・とか、
そんなシチュエーションであれば、意外と話せるもの。
 
「最近、どんな感じですか~?」
「あの時のあの案件はどうなったですかね~?」
 

 
少なからず、自分が退職したことで迷惑はかけたと思っていて、
なんとなくモヤモヤしていたことがあったが、今日という機会を
得てだいぶんスッキリすることができた。
 
当時けっこう、無茶していた案件が結局それなりの利益に
繋がっていったりしたことなどを聞くと正直ホッとする。
 

 
『時間が解決する』という言葉があるが、それはきっと正しいと思う。
 
今回の場合、特に上司に対して、会社に対して後ろめたいという気持ちも
あったが、何よりも自分自身にとって、ひとつのキャリアというものを
投げ出してしまっていたという少しネガティブな感覚が心のすみに巣食って
いたのかもしれない。
 
それが、時間が経って、客観的に評価できるようになって、その結果、
「あ、けっきょくそれで良かったんだ」
という前向きな思いに置き換えられた、そのことが今日の大きな収穫
だったいえる。
 

今の活動で苦しんでいることも少なからずあるわけだが、そういった
ものもさらに時間が経つことによって解決に近づいていくことを
願ってやまない。
 
 
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# by yondarikaitari | 2016-11-07 23:31 | 日記 | Comments(0)